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![]() 中山道の宿場町として栄えた蕨。今もその面影は旧中山道沿いに残る老舗の暖簾に垣間見ることができます。なかでも「うなぎの今井」は江戸元禄時代の創業、実に300年余りの歴史を刻みます。茶店からはじまったお店は、やがて荒川産のうなぎを扱い、蕨を通る旅人の間で評判になりました。街道沿いでの商いだけに、噂が噂を呼んだのです。以来うなぎ専業になり250年が経とうとしています。 時代が変わり、今ではうなぎも宮崎・鹿児島産に変わりましたが、味は健在。「丁寧な仕事と、伝統を守ることが信条」の18代目の店主のもと、代々伝えられる技と、秘伝のたれは、今も大切に受け継がれています。 |
脂がのったうなぎを伝統の甘辛のタレで焼いた蒲焼。 問い合わせ |
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![]() 「見た目や味に派手さは要らない。噛めばきちんとお米の味がする“究極の普通のせんべい”を作っていきたい。」 そう語るのは天保年間創業、150年余りの老舗せんべい屋「萬壽屋」の10代目主人。生地に使うお米は埼玉産のうるち米ひとめぼれに限定。生地作りから焼きあげまで一貫して手作りにこだわり、添加物など一切使いません。 通常、せんべい製造の工程は生地屋と焼き屋にわかれますが、「最高の品質を管理するにはすべての工程に責任を持つべき」とご主人。職人の誇りを胸に、創業以来の製法を今も守り続けるのです。
![]() 蕨駅西口にある蕨商店街の老舗和菓子屋が集い、「蕨市の発展のために」と作ったのが「わらびくん」。蕨市のマスコットキャラクターをヒントに作られたお菓子です。あんには甘酸っぱいリンゴと上質の手亡豆を使用。リンゴの酸味と手亡の甘さが絶妙にマッチしたこのお菓子には、郷土愛がぎっしりつまっています。
本尊の十一面観音菩薩立像は平安時代後期の作で天正19年(1591年)には徳川家康から寺領20石を寄進する朱印状が授与された由緒ある寺です。足立板東三十三ヶ寺の20番、北足立八十八ヶ所の30番にあたる札所として知られています。
江戸時代、参勤交代の大名や公家などが休宿した場所。老中水野忠邦も立ち寄ったといいます。現在建物は残されていませんが、敷地の一部にモニュメントが建てられ当時の趣を今に伝えます。隣接している蕨市立歴史民俗資料館と併せての見学がお薦めです。
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![]() 蕨市は市域面積が全国一狭く、人口密度がもっとも高い市として知られているところです。もともと中山道の宿場町として栄え、当時も中山道69宿のうちで5本の指に入るほどにぎわっていたそう。今もその名残は旧中山道沿いの町並みなどに見ることができます。 人でにぎわう楽しい街にはいい話もたくさんあるものですが、ここ蕨にも感動のエピソードが。 それは戦後間もない昭和21年(1946年)のお話。当時の蕨青年団が20歳を迎えた成人者を招き、祖国再建を激励し前途を祝したというのです。 そしてこれが現在行われている成人式のはじまりなのだとか。いや、やりますね!蕨の人は。 蕨市
蕨商工会議所
総面積 5.10平方キロメートル |
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